大企業から家業に就業。商品の愛用者からの〝熱量〟に支えられた
靴下の生産量、日本一の奈良県。創業97年の巽繊維工業所は、その地場産業を支えてきた企業のひとつだ。2024年4月に四代目として代表取締役に就任した、巽美奈子さん。
「物心ついたころから、祖父から『将来は美奈子の旦那さんが継ぐんやで』と言われて育ちました。幼心に『私が継ぐんじゃダメなんやな』と感じていたのをよく覚えています。父からは特に何も言われませんでした。きっと『自分と同じような、大変な思いをさせたくない』と考えてくれていたんだろうな、と想像しています」
後継者になることを期待されていたわけではなかった巽さん。とはいえ「いずれ継ぐことになるかもしれない」と、大学で経営学部経営学科を専攻。新卒で専門商社に就職した。
「商社では、大手メーカーの営業職に携わっていました。その仕事を通じて巽繊維工業所が、ますます厳しくなっていくことが見えてきて。2015年に家業に戻りました」
経営が厳しくなることが分かっていての決断。不安はなかったのだろうか。
「当時27歳ぐらいだったので、『新たなチャレンジができる』と思っていました。それに『倒産するかもしれない』という状況でも、働いてくれているスタッフがすごく前向きで、『この会社には〝ガッツマン〟があるから大丈夫』って言ってくれたんです」
「ガッツマン」は巽繊維工業所の自社ブランド商品。自衛隊からの「100㎞行軍を支える靴下が欲しい」という要望で生まれたソックスだ。
「長文のレビューをたくさんいただくんです。靴下を買ってくださっている方々の熱量が伝わってきて、『この靴下がなくなったら、困る人がこんなにいる』ということが、事業を立て直す糧になりました」
この「ガッツマン」には、三代目社長が温めてきた思いが結実した商品でもある。
「阪神淡路大震災で自衛隊員の被災者を献身的に支援している姿を見たときに、父は『隊員さんの足元を支える靴下を作りたい』と思ったんだそうです。なかなか実現できずにいたところ、自衛隊の方からご相談を受け、商品化できた。当社にとっても、思い入れのある商品なんです」

社長就任の5カ月後に出産。経営者として母として奮闘中
この10月(※この記事は2025年掲載分)に橿原市で開催される「日本女性会議」の実行委員を務めている巽さん。9カ月になる子どもを持つ母親として、「ワーキングママが働きやすい空気感をつくること」の大切さを実感している。
「奈良には『働きたいけれど、働けない』という女性が多いことを実感しています。その理由のひとつに夫の通勤時間が長いために、ワンオペ育児になりがちということが挙げられます。これは、『子育ては母親がするもの』という性別役割分担の意識ともつながっていると考えています」
女性が働きやすい制度を勤め先が整えても、心置きなく利用できる雰囲気が職場にあるか、夫の協力を得られるかは別問題だ。
「私自身、夫が家事育児を主体的にこなしてくれているので、社長業ができているんですね。両立できているのは夫のおかげだな、と感謝しています」
2028年に迎える創業100周年に向けて、自社ブランドの海外展開を強化していきたいと語る巽さん。
「7年ほど前からフランス・パリで靴下と腹巻きを販売していて、おかげさまで好調なんです。当初は『靴下はともかく、腹巻きは売れない』と言われていたんですね。でも使ってみて良さを感じてくれたんだってうれしくて。こうした成功体験を積み上げていきたいと思っています」


※プリズム11号 2025年6月25日発行 より



